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この欄で「メディア・リテラシー」についての本を紹介するのは、これで3冊目になる。 過去に紹介した2冊、森達也著『世界を信じるためのメソッド―ぼくらの時代のメディア・リテラシー』と山本弘著『超能力番組を10倍楽しむ本』よりも、今回の本は少し過激だ。 内容が、ではない。 著者が、だ。
著者の「不肖・宮嶋」こと宮嶋茂樹氏は、行動派の報道カメラマンとして東京拘置所収監中の麻原彰晃やロシア外遊中の金正日など、数多くのスクープをものにしている。最前線に赴く戦場ジャーナリストとしても勇名を馳せる。また鮮烈な写真とともに、歯に衣着せぬ言動とユーモアある文体でも多くの人を惹きつける。 そんな「過激にして愛嬌あり」を地で行く著者独自の「情報の海の泳ぎかた」、つまりメディア・リテラシー論が、シリーズ[14歳の世渡り術]という場で率直にひらかれていく。
不肖・宮嶋は吼える。 「インターネットを使えば使うほど、人間はバカになるのではないか。もしかしたら、インターネットなんて無駄なものではないか。」 「現場にいた、現場で見たという事実は、動かしがたいのです。現場には、人から聞いただけでは伝えられない情報があるのです。」 「結局、カメラを持って現場に行って自分の目で見てみるまでは、何も信じることはできないのです。」 「この目で見てもいない情報を、安易に信じ込まないように注意すべきでしょう。」 これらはずっと「最前線」という生き様を貫いてきた著者の、実感から押し出されることばたちである。 しかし著者は〈現場〉や〈経験〉を絶対視しない。そのことを著者は「取材者が変われば情報の意味も変わる」として、次のように言う。 「「客観報道」といって、ニュースは客観的な視点から報じられるべきだという考えがありますが、実際は現場で取材するカメラマンの主観によって切り取られた場面であることがほとんどなのです。」 そうして続く章では、写真という刹那を切り取るメディアの持つ力と、そのメディアを創り使う立場にある何ものかによる「情報操作」への警戒を説く。 与えられた情報を鵜呑みにすることなく、一つ一つ吟味して、独りで考えなくてはならない……。
宮嶋茂樹。 森達也。 山本弘。 仕事の素材も手つきもまなざしも、全く違う三者の紡ぎだすことばが、重なり合い、響きあってゆく。 それは偶然ではありえない。 全く違う場所の、まったく違うみぶりをもった人たちから発せられたことばたちは、「情報の氾濫の中で若い人たちが、自分の頭で考える機会を失いつつある」という、いま・ここの大きな問題を照らし出しているはずだ。
本書の後半は、著者がいかにして報道カメラマンを志し、いかにしてそうなり、いかにして続けているかをやさしく説いてくれている。 メディア・リテラシーからは少しだけ離れて、自分の〈夢〉への走り方のお手本として、またフリーランスという生き方の参考書として読んでも、本書は十分期待に応えられる。 進路選択を前にした十代に、ぜひ読んで欲しい本の一つといえるだろう。
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この欄で「メディア・リテラシー」についての本を紹介するのは、これで3冊目になる。
過去に紹介した2冊、森達也著『世界を信じるためのメソッド―ぼくらの時代のメディア・リテラシー』と山本弘著『超能力番組を10倍楽しむ本』よりも、今回の本は少し過激だ。
内容が、ではない。
著者が、だ。
著者の「不肖・宮嶋」こと宮嶋茂樹氏は、行動派の報道カメラマンとして東京拘置所収監中の麻原彰晃やロシア外遊中の金正日など、数多くのスクープをものにしている。最前線に赴く戦場ジャーナリストとしても勇名を馳せる。また鮮烈な写真とともに、歯に衣着せぬ言動とユーモアある文体でも多くの人を惹きつける。
そんな「過激にして愛嬌あり」を地で行く著者独自の「情報の海の泳ぎかた」、つまりメディア・リテラシー論が、シリーズ[14歳の世渡り術]という場で率直にひらかれていく。
不肖・宮嶋は吼える。
「インターネットを使えば使うほど、人間はバカになるのではないか。もしかしたら、インターネットなんて無駄なものではないか。」
「現場にいた、現場で見たという事実は、動かしがたいのです。現場には、人から聞いただけでは伝えられない情報があるのです。」
「結局、カメラを持って現場に行って自分の目で見てみるまでは、何も信じることはできないのです。」
「この目で見てもいない情報を、安易に信じ込まないように注意すべきでしょう。」
これらはずっと「最前線」という生き様を貫いてきた著者の、実感から押し出されることばたちである。
しかし著者は〈現場〉や〈経験〉を絶対視しない。そのことを著者は「取材者が変われば情報の意味も変わる」として、次のように言う。
「「客観報道」といって、ニュースは客観的な視点から報じられるべきだという考えがありますが、実際は現場で取材するカメラマンの主観によって切り取られた場面であることがほとんどなのです。」
そうして続く章では、写真という刹那を切り取るメディアの持つ力と、そのメディアを創り使う立場にある何ものかによる「情報操作」への警戒を説く。
与えられた情報を鵜呑みにすることなく、一つ一つ吟味して、独りで考えなくてはならない……。
宮嶋茂樹。
森達也。
山本弘。
仕事の素材も手つきもまなざしも、全く違う三者の紡ぎだすことばが、重なり合い、響きあってゆく。
それは偶然ではありえない。
全く違う場所の、まったく違うみぶりをもった人たちから発せられたことばたちは、「情報の氾濫の中で若い人たちが、自分の頭で考える機会を失いつつある」という、いま・ここの大きな問題を照らし出しているはずだ。
本書の後半は、著者がいかにして報道カメラマンを志し、いかにしてそうなり、いかにして続けているかをやさしく説いてくれている。
メディア・リテラシーからは少しだけ離れて、自分の〈夢〉への走り方のお手本として、またフリーランスという生き方の参考書として読んでも、本書は十分期待に応えられる。
進路選択を前にした十代に、ぜひ読んで欲しい本の一つといえるだろう。