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『鉄道用語の不思議』
梅原 淳
毎日新聞社(毎日新書)

鉄道は、産業である。技術である。
なによりもモノである。
駅や車輌やレールや踏切といった実物がまず先駆けてあり、その存在は揺ぎ無い。
そこにある不思議は「どんな仕組みで動くのか」「どうやってその仕組みができたのか」という「HOW?」の問いかけであって、モノの意味を問う「WHY?」や「WHAT?」ではありえない。

しかし鉄道「用語」となれば話は別だ。
鉄道用語は最初の意味や本来の使用法から外れて用いられていることがあまりに多いと本書は指摘する。

たとえば「新幹線」。
「旧」の「幹線」(東海道線や東北本線)に対する「新」しい「幹線」であったはずのコトバが、高速特急列車の代名詞として普及してしまった。
それに伴い、元来新規開業の「新幹線」の対語として、すでに開業している路線を呼んだはずの「在来線」が「新幹線以外の路線」の総称となってしまった。
「新幹線より新しい開業の在来線」は、コトバの上ではおかしいのだ。

他にも本書には
「『パンタグラフ』の本物を見たことがある人はほとんどいない」
「JRの正式名称を正しく表記している本はほとんど無い」
「列車もこない、線路も無い駅が39箇所営業中である」
といった、目からウロコの落ちる「不思議」が列挙されている。

こうしたコトバのねじれには、いくつかの原因がある。
まず鉄道という「モノ」があまりにも明確であるがため、鉄道用語という「コトバ」がそれにひきつけられてしまうこと。「新幹線」「在来線」は、その原義を置き去りにしてモノにひきつけられた結果であるだろう。
それから法律上の名称と一般通念との差もあげられる。「列車もこない、線路も無い駅」はそうした例だ。
こうしたねじれは、鉄道の長い歴史の蓄積から生み出されることもある。「JRの正式名称を正しく表記している本はほとんど無い」のも、そのためだ。

普段あたりまえに使っているコトバのひとつひとつが、秘められた歴史を背負っている。本書を読めばそんな「あたりまえ」の不思議に気付くことができる。そのとき、コトバで表されるモノたちの見方も、大きく変わってくる、はずだ。

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