No.7「月が東から昇るのは」2021/6/7
【校長からの発信】
No.7「月が東から昇るのは」
2021年6月7日 校長 森田 勉
二つ前の『校長通信№5』で皆既月食の話題をとりあげました。そして最後に「地球の影の中を満月が猛スピードで西から東に向かって突き抜けていくことがわかると思います。その速さを計算すると時速約3,600kmです。それでは、なぜ月は西から昇らずに東の空から昇ってくるのでしょうか? 今夜、もし空に月が輝いていたら、それを眺めながらじっくりと考えてみてください。」と載せました。嬉しいことに熱心な読者から、どうしてなのか教えてほしいという質問が寄せられました。これが授業中でのことでしたら、「もう少し時間をかけて考えてみなさい」と冷たく?突き放すところですが。物理の授業でもないので、答えを披露して解説してみましょう。できるだけわかりやすく説明しますが、どうしてもわからない方は、「説明の仕方が下手だな」とあきらめるか直接聞きに来てください(笑)。
さて、問題ですが、月が時速3,600kmの速さで西から東へ移動(地球の周りを公転)するのに、なぜ月は西から昇って東に沈まないのでしょうか。言い方を変えれば、なぜそのように見えないのでしょうか。明らかに、月は東の地平線から昇ってきます(昇ってくるように見えます)。満月が地平線から顔を出して昇ってくる光景は圧巻です。有名な「菜の花や 月は東に 日は西に」という与謝蕪村の俳句も、陽が沈んだあとのそんな情景を詠んだものだと思います。地平線に近いときは本当に大きく見えますから。スーパームーンのときはなおさらです。
本題に入る前に下準備の解説をしておきましょう。私たちは地球の中心の周りを自転とともに回転しています。また、月も地球の中心の周りをほぼ同じ方向に公転しています。そのとき地球上から見た月の動きがどう見えるか考えましょう。いま、図のように例えば二つの球PとQが円運動をしていると仮定しましょう。二つの球の軌道半径は2倍違うとします。そして、1時間後にPとQがそれぞれ黒丸のところに回転して移動したとしましょう。
つまり、PとQはともに同じ時間内に同じ角度45°だけ回転したことになります。このとき、Pの軌道半径はQの半径の2倍ですから、当然移動した距離(円弧の長さ)も2倍になります。ですから、PのほうがQより速さ(速さ=距離÷時間)も2倍になります。しかし、このとき、中心から見た回転角度はどちらも45°で同じになります。つまり、1時間あたりの回転角度はどちらも等しいのです。もし、このとき、あなたがPの上にいてQを見ることができたらどのように見えるでしょうか。おそらく、いつも同じ位置(中心とは反対方向)に見えているでしょう。つまり1時間あたりの回転角度が同じならいつも同じ位置に見えているのです。
次に、同じ1時間内にPの速さを変えずにQが灰色丸のところまで移動できたとします。このときは、Qの移動距離は、Pの移動距離(白球から黒球までの円弧)と等しくなりますから、PとQの速さは同じになります。しかし、1時間あたりの回転角度は違ってきます。Pの45度に対してQは90°ということになります。すなわち、QのほうがPに比べて1時間あたりの回転角度が2倍大きいということになります。このときQに乗っていたあなたは、Pをどのように見るでしょうか。おそらく、Pが逆行して(この場合時計回りの向きに移動して)行くように見ることでしょう。これがまさに、地表にいる私たちが月を見るのと同じです。このように、1時間あたりの回転角度の変化が大きい側から見ると他方が逆方向に移動していくように見えるのです。
1時間あたりの回転角度変化のことを角速度〔かくそくど〕とよんでいます(数値的には1時間あたりの[円弧]÷[軌道半径]で求めます)。Qの角速度のほうが大きくて、Pが白丸から黒丸に移動しているあいだに、Qが黒丸、点線丸、灰色丸に進んでいくとしたら、速さはPのほうが大きかったとしても(もしくは同じであったとしても)、角速度はQのほうが大きいので、Qから見たPは逆行していくように見えるのです。つまり、回転運動のときのものの見方は、速さではなくて角速度がどうなっているか、ということが大事なのです。
さあ、本題に戻りましょう。確かに月は、時速3,600kmという猛スピードで地球の周りを公転しています。そのスピードで、地球から見ると西から東に向かって動いているのです。一方地球の自転のスピードは時速1,700kmほどです。地球も西から東に向かって自転していますから、これだけのことを考えると、月が2倍以上速いことになります。ですから、月が地球の自転を追い越して、西から東に昇って行っても不思議ではないと思い込んでしまいます。しかし、そこに“落とし穴”があります。スピード、すなわち速さだけを比較すると明らかに月が上回るのですが、「距離が全く違う」ことを思い出しましょう。
私たちが立っている地表は地球の中心から6,400kmほどですが、月までは38万kmもあります。つまり、約60倍も遠いところを月は回っていることを忘れてはいけません。するとどういうことになるか。地球表面にいる人は自転により1時間に1,700km移動しますが、それを地球の半径6,400kmで割った値は0.27です。一方、月は1時間に3,600kmも移動しますが、それを38万kmで割った値は、0.0095と非常に小さくなります。この0.27と0.0095という数値は何を表しているでしょうか。実は、これらの数値は人と月のそれぞれの角速度を表しています。1時間あたりの[円弧の長さ]÷[軌道半径の長さ]ですから。
地表面にいる人と月の角速度はそれぞれ、0.27と0.0095でした。地表面の人のほうが約30倍も速く(角速度が大きく)西から東に回転しているのです。だから、地表にいる人は月より速く東へ移動し、その結果、逆に月は東から昇り西に沈むのです。そう見えるのです。おわかりいただけたでしょうか。
さらに、もう少しリアルなイメージ図を付けておきました。理解の助けになれば幸いです。
【イメージ図】 地球表面の黒丸にいる人が黄色の月を見たときのイメージ図
月の回転の速さは自転の速さより速いけれど、でも、、、、
注意:1)上図の地球の半径は6,400kmですから、実際の月の位置はもっと遠くにあります。
2) 上図は地球の北極側から見ている図だと思ってください。
結論:月の速さが地球の自転の速さより大きくても、月の角速度が自転の角速度よりもだいぶ小さいので、地表にいる人は、月が東から昇る(上図でいえば時計回りに動く)ように見えるわけです。
謝辞:本原稿作成にあたり、貴重なディスカッションをしていただいた本校の鈴木章雄さん、リアルなイメージ図のきっかけになるご質問をいただいた昭和第一学園高校の今井健一さんに、この場をお借りして感謝の意を表します。