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No.21 内村航平選手引退に寄せて
2022/1/12

【校長からの発信】
No.21 内村航平選手引退に寄せて


2022年1月12日 校長 森田 勉

 

 今朝の読売新聞の朝刊1面を見て驚きました。そして少し寂しい気持ちになりました。それは「体操・内村が引退」とあったからです。内村選手は、世界選手権では個人総合6連覇、オリンピックでは北京とリオデジャネイロの2連覇、そして国内外で個人総合40連勝という偉業を達成し、世界体操界の一時代を築いた選手です。まだ33歳。体操の世界では、もう33歳というべきなのでしょうか。私の息子たちよりも年下の青年ですが、とても残念な気持ちでいっぱいです。

 人は歳を重ねていきますから、どんなに素晴らしい選手でも年齢的に衰えがきて、いつかは引退を余儀なくされます。私の中では“引退”という二文字を見て思い出す選手が二人います。もちろん今の生徒のみなさんは知らないと思います。

 私が大学1年生の時に「ミスターベースボール」で有名な長嶋茂雄が引退しました。物心ついたときから、憧れていたプロ野球選手でした。当時は誰もがそうであったと思えるほどの人気ぶりでした。引退セレモニーで長嶋選手が発した「巨人軍は永久に不滅です」という言葉は今でも語り草になっているほどです。サッカー界では、絶対的なエースストライカーとして有名で、海外でも人気のあった釜本邦茂です。1968年のメキシコオリンピックでの得点王で、その姿を見てサッカーを始めた人がとても多かったのです、私もその一人でした。その引退試合は1984年8月。国立競技場が満員になるといった当時では珍しい状況で、世界的なスターであったペレ(ブラジル)やオベラーツ(ドイツ)も参加して行われました。「長嶋と釜本が引退したら、もう野球やサッカーは観ない」と豪語していた友人が何人もいました(笑)。それほどの選手たちでした。私も、この二人が引退したときには、何となく“心に穴が開いた”感じがしたものです。

 今日の内村選手の引退報道を知り、久しぶりにこの感覚に襲われました。なぜなのだろうかと考えました。先にあげた二人は、私の少年時代に現役選手として大活躍していた選手たちです。内村選手は、当然私より何歳も年下で、“憧れの対象”とは当然違うわけですから。

 体操と言えば、私が小学校3年生の時にあった東京オリンピックでの日本選手たちの活躍があります。そのときの印象は「美しい」というもので、それが強く心に残りました。その後もしばらく日本の“黄金時代”が続きました。しかし、その後、ロシア(旧ソ連時代から強かった)や中国の台頭が目立ち、日本の選手たちの活躍が目立たなくなったのと時を同じくして、私もあまり関心を寄せなくなっていました。しかし、2004年のアテネオリンピックで日本が団体で金メダルを取り、その後2008年の北京オリンピックから内村選手が出てきたときに、その着地のすばらしさに目を奪われました。そして、また、あの時の(小学校3年生のときの)「美しい」という感覚がよみがえったのでした。この美しさをもう見られなくなるのか、という思いが寂しくさせているのに違いないと思います。

 新聞のスポーツ面には、「内村の美しい体操は、徹底的に基本を重視する姿勢に支えられていた」とありました。さらに、「演技の高難度化になりかけていた体操界の流れに歯止めをかけ、着地や演技の美しさをより評価させる方向性が生まれたのは内村が手本を見せてくれたから」という記事を目にして、ますます内村航平選手のファンになってしまいました。やっぱり「基本は大切」なんだと、ここで教師目線がもたげてきました(笑)。

 内村選手が「美しさ」を追求し、「基本」を徹底的に練習したその姿勢の根底にあるものは何なのだろうと思った時に、社会面に次のような記事が載っていました。それは海外の報道に触れているもので、AP通信が「優雅さ、正確さ、謙虚さのレベルにおいて男子体操界に比類のない、卓越した基準を確立した」と称賛する内容でした。この謙虚さという点が心の琴線に触れました。

 謙虚に基本を徹底して美しさを追求する、その姿勢が私を虜にしていたに違いないと確信できました。約30年間の現役生活に終止符を打った、内村選手に対して、『ご苦労様、そして未来の選手や子どもたちに、その姿勢を引きついでもらうように導いてほしい』と、ねぎらいとエールを送っておきます。

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